« 桑名のお宝「諸戸徳成邸」 | トップページ | 熊野 七里御浜ランニング »

2016年7月18日 (月)

甲斐駒・仙丈

まだ梅雨の明けまえの7月16日5:05に四日市の自宅を出ました。中央道伊那ICを経て仙流荘で車を停めて(9:15)バスに乗り換えます。南アルプス林道を走るバスの車窓から戸台川の深い谷を挟んで見える鋸岳の稜線は雲の中です。やがてバスも雲の中に入っていき、北沢峠に着きました。バスを降りて10分ほど歩くとテント場のある長衛小屋に着きました(11:00)。
川沿いにあるテント場には、ほぼ隙間なしにテントがひしめき合っています。一番奥のエリアにテントを張ってカロリーメイトとソーセージで軽い昼食をとって12:00に仙丈ヶ岳の頂上に向けて出発しました。
Img_3984
いつの間にか2合目を通り過ぎて3合目(13:00/13:08)、4合目(13:20通過)、5合目(13:36/13:46)と高度を上げていき、森林限界を抜けてハイマツの6合目(14:20/14:26)に出ると急に明るくなってきました。
小仙丈ケ岳もいつの間にか通過して、8合目(14:50/15:00)あたりから小仙丈沢カール越しに青い空と仙丈ケ岳が眺められるようになってきました。霧の中を歩き続けての、この景色「やまない雨はない」そんな言葉がふと心に浮かんできました。仙丈小屋へ降りる分岐で一休み(15:30/15:40)したあと、15:50に仙丈ケ岳(3,032m)山頂に到着しました。
Img_4004
野呂川の谷をはさんで真正面に北岳と間ノ岳が、その後ろのそう遠くない距離に富士山が見えます。お湯を沸かしてカップそうめんを食べながらゆっくり景色を堪能してから頂上を後にしました(16:20)。
登り道では巻いて通過した小仙丈ヶ岳で休憩、6合目(15:40/17:45)でこれから下山する道のちょうど延長線上に、明日登ろうとしている甲斐駒ケ岳が雲上にはっきりと見えます。
Img_4006_3
長衛小屋に19:05に着きました。翌日の7月17日曇り空の下8:00に出発しました。テントの中で寝ていた未明の1:30ごろ雨が降っていましたが、いまにも振り出しそうな気配です。歩きだして一時間半くらいしたころ頂上から帰ってくる一団とすれ違いました。聞くと2時過ぎに私と同じ長衛小屋を出発したとのこと。すごい。彼らはその甲斐あって天候が良く素晴らしい景色に感激したそうです。ついでに2,600mを越えると稜線上に出て、道は急登ではなくなると教えてくれました。
腕時計の高度計を見ながら登ると、教えてもらった通りアップダウンはあるものの比較的歩きやすい稜線の道に出ました。でも相変わらずの霧の中で、景色は全く見えません。双児山(10:05/10:15)を過ぎて、駒津峰(11:11/11:14)にたどり着くと、仙水小屋方面から登ってきた人と合流して、登山者が増えてきました。風が強く、雨も降ったりやんだりの天気のせいか、ここから先は急な登り下りが続く難路のように感じられました。
摩利支天への分岐(12:08)を通過し、ザラメ石の登りをあえぎながらあるいていると、オベリスクのような巨岩が霧の中に見え隠れします。12:34に甲斐駒ケ岳(2,967m)の山頂に到着しました。
Img_4010
頂上では霧の中、ライチョウの親子が出迎えてくれました。コーヒーを沸かしカロリーメイトで昼食をとりながら晴れてくるのを13:30まで待ちましたがあきらめて下山を開始しました。駒津峰(14:30/14:40)、双児山(15:15/15:30)を経て、16:45に長衛小屋に戻りました。
ところで、長衛小屋にはコインシャワーがあります。この3連休の長衛小屋は小屋での予約なしの宿泊はお断りというくらい込合っているので、ムリかなぁと思いつつ受付で聞いてみると意外にOK。コインシャワーは料金500円を入れると5分間お湯が出る仕組みで、ひとり15分の時間内であれば、途中でお湯(5分タイマー)を止めたり、再スタートすることができます。丸二日山歩きして汗をかいた後だったので、感動するほどさっぱりして気持ちよかったです。これはいい。素晴らしすぎる。と思ったひとコマでした。
最終日の7月18日はゆっくりと出発するつもりでしたが、4:30ころ目が覚まし、混雑を見越して早出でしました。5;50に長衛小屋を出て北沢峠バス停に向かったところ、バスの始発は7:20なのですがこの日の始発はなんと、6:34。運転手さんの話によると7台のバスでピストン輸送しているとのこと。バスの運転手さんは鋸岳の名所「シカの窓」や、林道沿いのカツラの並木道(10月の紅葉の季節は甘いにおいがするそう)など、道中を案内してくれて50分の楽しいバスの旅でした。
Img_4031
7:25に仙流荘に到着後、国道152号(秋葉街道)で下伊那郡大鹿村を経由して松川ICから中央道に乗り、12時ちょうどに帰宅しました。
途中、バスで教えてもらったパワースポット「分杭峠」を通過して、大鹿村の中央構造線の露頭を見て帰りました。写真の中央構造線付近の岩は断層の動きで壊されてもとの岩とは違う色であったりもろくなっていますが、左側の赤っぽいのが花こう岩、右側の青っぽいのが結晶片岩で、日本列島がまだアジア大陸の一部だった一億年前(中生代白亜紀)にでき始めた断層です。中央構造線付近の岩は断層の動きで壊されてもとの岩とは違う色であったりもろくなっています。
Img_4036
白亜紀というとジュラ紀の次の時代で恐竜が絶滅したのが白亜紀の末期にあたります。秋葉街道は中央構造線の断層谷を利用した街道なので地質的に脆い(もろい)そうで、大鹿村の中央構造線露頭の岩を手に取ってみましたが直径3~4cmくらいの砂利状態でした。

|

« 桑名のお宝「諸戸徳成邸」 | トップページ | 熊野 七里御浜ランニング »