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2016年5月 8日 (日)

大阪から神戸六甲山最高峰にランニング

旧街道をランニングでつなぐ旅。まずは前回ゴールした鶴橋駅をめざします。 5時23分に自宅の最寄り駅を発車、始発電車は待ち合わせがないのですいすい進みます。6時10分に伊勢中川駅着、ホームの向かいで待っていた6時12分発上本町行きの快速急行に乗り換えます。
6時39分に伊賀神戸駅を通過、さずがに遠いなあぁというか急行の旅に疲れてきました。それに曇って寒い、できるだけ体温を奪われない姿勢を保ちながら持ってきた本を読んだり、目的地の地図を見たりして過ごします。
大和八木からサラリーマンらしきおじさんがぼつぼつ乗車し、大和高田から学生が大勢乗車して来ました。7時45分ごろ今日初めての青空が見えてきました。しばらくして、鶴橋到着のアナウンスが聞こえてくる頃には暖かくなってきました。
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鶴橋駅ガード下の商店街を抜けて、8時4分に難波方向に走り始めました。走っていると前のほうにあべのハルカスが見えてきました。おやおや、走る方向を90度まちがえて、玉造筋を走って気が付いたら天王寺駅前に来てしまいました。
天王寺には、大坂夏の陣で真田信繁が陣をはった茶臼山や、信繁最後の地安居神社があります。ひょっとしてこれは、信繁さんに呼ばれているのではないか。 これは寄って行くしかないかと思って天王寺公園に入ろうとしましたが、市立動物園であるこの公園はまだ開園時間前で入れません。
私は信繁さんに「おいで、おいで」されてなかったみたいですが、「これでいいのだ」とバカボンのパパのセリフをつぶやきながらも、未練があましく安居神社の案内板を探しながら走ってました。しかしとうとうあきらめて一心寺前、通天閣を通過して堺筋から長堀通に戻って西に向けて走りなおしました。
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伯楽橋を渡って木津川沿いを、続いて船津橋から地下鉄千日前線の上の地上の道路を走り、野田阪神駅から国道2号線に合流し淀川大橋を渡ると西淀川区を走ります。
むかしテレビで見てた「おじゃまんが山田くん」。その物語の舞台はテレビでは「東江戸川三丁目」でしたが、原作の漫画では「東淀川」でした。
また主人公の山田くんが住む「山田荘」のモデルは、原作者が学生時代に下宿したアパートで大阪市東淀川区に実在していたそうです。 東淀川は、ここ西淀川より淀川の上流に10km離れたところなので、ほとんど関係ないのですが・・・
そうこうしているうちに10時50分、左門橋をわたると国道沿いの工場の外壁に「ようこそ尼崎市へ」と暖かい言葉が、兵庫県に突入しました。兵庫県尼崎に入ると「右方向、伊丹、宝塚」の標識が目に入ります。ちなみに宝塚は六甲山系の東端にあります。
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11時45分に武庫大橋をわたります。遥か遠くに巨大な六甲の山並みが見えてきました。「あんなとこ行けるのだろうか?」と思うほど高い山に見えるのですが「とりあえず、行けるとこまで行ってみよう!」と気持ちを持ち直します。
芦屋市内に入った12時30分すぎ、「大楠公戦跡」と書いてある巨大な石碑が国道沿いに鎮座してます。 案内板には、今から650年以上前の1336年にこの辺りで、後醍醐天皇を支える楠木正成と新政権樹立を目指す足利尊氏がここで衝突したのが打出合戦で、楠木側が勝利し足利側が兵庫に敗走したとあります。
またこのあたりの地名は、かつて押出楠町だったのが1968年に「楠町」に改正したことも書いてあります。余談ですが神戸市内にも楠町なる地名があります。
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このころにはへたってきて、歩いたり走ったりの繰り返しでしたが12時55分にJR芦屋駅についてカロリーメイトで昼食後、山の地図を見ながら歩き始めました。
よくよく見るとハイキングコースのスタート地点はJRでなくて、阪急電鉄「芦屋川駅」でした。地図を見ながら芦屋川の川べりまでたどりつき、芦屋の住宅街の坂道を登っていきます。
茶屋のある高座の滝から急に山道に変わり、ロックガーデンという名の岩場の道をよじ登ります。このあたりから風吹岩までは日当たりが良いうえ、きれいな市街地を間近に眺めることができます。
ゴルフ場を横切るゲートを14時50分に通過、このゲートはイノシシ対策のもので、開けても自動で閉まるように自転車のタイヤチューブのようなもので細工がしてあります。
そのつぎのポイントの雨ヶ峠は六甲の主稜線の峠ではなく、芦屋川と神戸市灘区の住吉川をへだてる峰(今日のコース)の途中にある鞍部で、なだらかな道に面して東屋があります。
本城橋跡を過ぎると石段が断続的に現れる急な坂道が現れ、この日最後の上り坂「七曲り」にさしかかりました。
このあたりで何組かのグループに追い抜かれました。鶴橋から天王寺を経て芦屋まで30kmランの疲労からかヘトヘトになってきてました。 4時近くになってこれはやばいかなと思い始めたころ、上のほうから車やバイクのエンジン音が聞こえてきます。
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4時を過ぎて芦有ドライブウェイにつながる車道に出ました。地図では一軒茶屋があるみたいですが閉店したようで、自販機が3台ほど並んでいるだけです。道路の向こう側にはもと駐車場だったのか広場があります。自販機の飲料は街と同じ価格です。
缶のサイダーで一息ついてから、コンクリート舗装の坂道を歩き16時30分に六甲山931mに登頂しました。さっき追い抜かれた学生と思しきグループと女の子二人のグループが景色を眺めたりスマホで撮った写真を送信しようとしていました。電波状態がいまいち良くないようで、ぼくもfacebookのアップデートに苦労して、何回か失敗を経てアップできました。景色を堪能してから16時50分に下山をはじめました。
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有馬温泉側の山道はこころもち幅が広くきれいで歩きやすい道がつづきます。 有馬温泉に17時50分に下りてきました。
外湯「金の湯」に入ってみて湯の色にびっくり、茶色より赤に近い褐色。湯船は3つあって熱いのとぬるめ、白湯です。人の少ない熱めの湯船に浸かってみましたが、ちょうどいいくらいの湯温、顔をザバザバしてさらにびっくり「しょっぱい」
有馬温泉は、有馬高槻構造線という活断層の上にあるので、地下深くまでつながっている岩盤の割れ目があって、噴出している温泉水の供給源は遠く太平洋(南海トラフ付近)の海水のため塩分を含むのだそうです。
そういえば、今年4月の三重県南部の地震、熊本大分の大震災といい、南海トラフとはいやでも付き合わざるを得ないのかなぁと感じました。また付き合わざるを得ないのなら、地震対策についてもう少し真剣に考えたほうがいいのかなぁと思いました。
有馬温泉には、この含鉄塩化物泉(金泉)と、ラジウムを多く含む放射能泉、炭酸を多く含む炭酸水素塩泉の3種類の温泉があって、透明な温泉は「銀泉(ぎんせん)」と呼ばれています。
鉄分が良いのか塩分が良いのかは解りませんが十分温まった後、あとでべたべたするのもなんだったので、シャワーで湯を流してから温泉をあがりました。
温泉を出ると体が軽くなっていました。有馬温泉駅を19時21分に発車する神戸鉄道で帰路に着きました。 三ノ宮で20時14分発の近鉄直結の阪神電車に乗り換え、鶴橋からは21時36分発の近鉄特急を経て、自宅の最寄駅で23時24分に下車、痛い足を引きずりながら歩いて帰りました。

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