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2016年5月

2016年5月29日 (日)

桑名のお宝「諸戸徳成邸」

 桑名市街地の東方(ひがしかた)の丘の上に「諸戸徳成邸」なる旧邸宅があります。5月28~29日の土日に特別一般公開があると聞いたので行ってみました。諸戸家といえば明治20年代に建てられた諸戸宗家の屋敷である「諸戸氏庭園」(桑名市太一丸にあります)と、大正2年に屋敷の東隣に建てられた六華苑が有名です。六華苑は宗家から分かれた諸戸本家の2代名清六氏の新居として大正2年に建てられた洋館で、鹿鳴館と同じイギリス人建築家ジョサイア・コンドルが設計したことで有名です。
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 その諸戸清六氏が大正末期から昭和初頭に建設し後に引っ越したのが、この「諸戸徳成邸」です。来場者のどなたかがおっしゃってましたが、年代順にならべると明治時代の「諸戸氏庭園」、大正の「六華苑」、昭和の「諸戸徳成邸」と桑名市の3つの時代のお宝が現代に残っていることになります。
 7,638㎡の敷地は飛び石が打たれた広場を取り囲むようにモミジやアカマツの明るい林が広がっています。その中に和風2階建の主屋がそびえ、離れや蔵を含めた9棟の建物面積は1,050㎡です。
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 山の上ゆえの高低差を利用して建てられた複数の和風建物にも、主屋の奥にある洋館にも廊下でつながっています。主屋の1階は洋間が中心で広間や食堂等のゲストルームがあり、食堂もベースはフローリングですが机や椅子のエリアは畳敷きという不思議な床になっています。
 2階は12畳と8畳の和室が続き、低い位置に配置された窓から木曽三川方面の桑名の街並みが、畳の上に座ったまま眺められます。敷地北東には茶室が建てられ、滝から始まる流れ(枯山水)を中心として、流れ蹲居(つくばい)や灯篭を点景に茶庭が展開しています。
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 ひととおり見学させていただき、大門を出る小さな公園に続く坂道が下っています。公園のさらに下に諸戸水道の遺構が眺めることができます。諸戸水道は貯水池の側壁と底面はコンクリート造、内壁は全て煉瓦積です。実際に住んだ施主の意向や建てた職人の想いをあれこれ想像しながら見学できる木造建築もいいけれど、こういう巨大(?)構造物も見ていてホントおもしろいなぁと感じてしまいます。
 初代諸戸清六氏が私費を投じて建設した上水道で、明治37年(1904年)に東方丘陵地の地下水を集めた貯水池(東西約13.4m・南北約23.2m、深さ約3.6m)を築いて、旧桑名町周辺に共用栓55ヶ所、消火栓24ヶ所を設置し、市民に無償提供したと記録があります。近代的な一般上水道としては国内7番目に作られたもので(たいしたもんだ)、市営浄水場完成の昭和4年(1929)まで使用され、水源井、給水塔も現存しています。
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 邸宅のまえでは、地元特産品の「マルシェ」が開かれていました。なかでもいなべ市の「夢庵」さんコーナーのスイーツがとっても美味しそうだったので思わず買っちゃいました。いなべ市石榑のお茶農家「緑香園」さんのお茶を練りこんだラスクは、新茶の香がほんのりとさわやか。シフォンケーキは、しっとり感とバウンド感(弾力)があって他にはない、美味しさでした。
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2016年5月22日 (日)

経ヶ岳バーティカルリミット

 28年5月21日土曜日。5時に自宅を出て8時30分に会場の上伊那郡南箕輪村「大芝公園」に着きました。
 経ヶ岳バーティカルリミットは、スカイランナージャパンシリーズ(SJS)の第1戦のレースです。ジャパンシリーズは、コースの難易度や運営面でISF(国際スカイランニング連盟)のルールを満たす大会をジャパンスカイランニングアソシエーション(JSA)が5つ選定しており、このうち成績の良い3戦のポイント(男子は30位までが順位に応じたポイントをゲットできる)の合計がSJSランキングとしてカウントされます。
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 とはいえ私の実力はランキング圏外のレベルなので、去年の反省を踏まえてロードで歩かず走り切ることを目標に10時30分にスタートしました。バーティカルリミットという不思議な大会名の由来は、高さ(バーティカル)の極限(リミット)という意味です。
 歩くような速度で標高800mの大芝公園をスタートしてから、だんだん息が整ってきてスピードアップし、標高1,030mの第1エイドまでは、毎分2人抜きペースで快調にランしてました。 が、山登りの後半からバテてきて、右の内腿の筋肉がつってきだして、あたまがくらくらして登っては休み、歩いては休みの状態になってしまいましたが、13時59分に標高2296mの山頂にたどり着きました。
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 10分ほど休んで歩き、14時40分に標高2035mの8合目に到着。去年はここから甲斐駒方面の山並みがくっきりと眺められました。今日はふもとの伊那の市街が何とか見える程度にもやっとしています。
 道はほぼ下りです。このくらい遅い時間帯だと、後ろから追い抜かれたり、あおられたりというのがほとんどありません。14時20分に標高900mの仲仙寺に到着、ここが第2エイドです。
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 仲仙寺は、平安時代の816年、延暦寺の慈覚大師(じかくだいし)が比叡山で見た夢の中で「信濃の国の大神護山(だいじんごさん)へ登り観音様の像を造り奉れ」と告げられ、大神護山で見つけた明るく光る木で十一面の救世観音を彫り大神護山に奉納し、残りの木片にお経を書いて奉納したのがはじまりとされています。
 この大神護山が後に、経ヶ岳と呼ばれるようになったと伝わっています。
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 仲仙寺から大芝公園までロードランニングです。ゆっくりですが再び走り始めました。残り4kmですが歩かず止まらず走り続けます。
 山中でへばったので、タイム的にははずかしい内容なのですが、ロードは走り切るという目標は達成できそうです。
 大芝公園に戻ってくると、帰りがけのランナーや大会スタッフが声をかけてくれます。素直にひとりひとりに「あざーす」もう少し丁寧にしたいところですが、体力的にこれが精いっぱいです。16時58分にゴール。
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 ゴール後は、自分へのご褒美として地元の銘酒「夜明け前」を、南箕輪村153号沿いの「叶屋」で買い求め、叶屋のご主人に教えてもらった。信州そば「新兵エ(じんべえ)」で「三階そば」を、これは上から1段目は海苔がのった普通のもりそば、2段目が山菜ときのこ、3段目は山芋がトッピングされている、よさげなというかちょっと感激したお蕎麦でした。

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2016年5月15日 (日)

ツリーハウスの「ペンキ塗り」とラーメン「一風堂」

先週の土曜日は六甲山頂ランでしたが、今日5月15日(日)は、2年に1回のペンキ塗りにツリーハウスにやってきました。9時30分ころから屋根の上で作業をしているとお隣のY本さんがヤギの散歩にやってきました。しばらく見ないうちに、かわいかった仔ヤギ(メス)は凶暴な大ヤギに変身していました。
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再びひとりになった後、ひたすらデッキのペンキ塗りを13時ごろまで続けたあと、帰りに高速道路「安濃SA」の中にある、県内唯一の「一風堂」系列のラーメン店に行ってみました。
博多 一風堂は1985年に福岡市中央区大名で創業。昨年、創業30周年を機に、白丸元味・赤丸新味をリニューアルしたそうです。残念ながら安濃SAのお店は「一風堂」とは別のブランドのようで、白丸や赤丸のメニューはなかったのですが、「一風堂」のある大きな街に行く機会があったら、チャレンジに行ってみようと思いました。
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2016年5月 8日 (日)

大阪から神戸六甲山最高峰にランニング

旧街道をランニングでつなぐ旅。まずは前回ゴールした鶴橋駅をめざします。 5時23分に自宅の最寄り駅を発車、始発電車は待ち合わせがないのですいすい進みます。6時10分に伊勢中川駅着、ホームの向かいで待っていた6時12分発上本町行きの快速急行に乗り換えます。
6時39分に伊賀神戸駅を通過、さずがに遠いなあぁというか急行の旅に疲れてきました。それに曇って寒い、できるだけ体温を奪われない姿勢を保ちながら持ってきた本を読んだり、目的地の地図を見たりして過ごします。
大和八木からサラリーマンらしきおじさんがぼつぼつ乗車し、大和高田から学生が大勢乗車して来ました。7時45分ごろ今日初めての青空が見えてきました。しばらくして、鶴橋到着のアナウンスが聞こえてくる頃には暖かくなってきました。
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鶴橋駅ガード下の商店街を抜けて、8時4分に難波方向に走り始めました。走っていると前のほうにあべのハルカスが見えてきました。おやおや、走る方向を90度まちがえて、玉造筋を走って気が付いたら天王寺駅前に来てしまいました。
天王寺には、大坂夏の陣で真田信繁が陣をはった茶臼山や、信繁最後の地安居神社があります。ひょっとしてこれは、信繁さんに呼ばれているのではないか。 これは寄って行くしかないかと思って天王寺公園に入ろうとしましたが、市立動物園であるこの公園はまだ開園時間前で入れません。
私は信繁さんに「おいで、おいで」されてなかったみたいですが、「これでいいのだ」とバカボンのパパのセリフをつぶやきながらも、未練があましく安居神社の案内板を探しながら走ってました。しかしとうとうあきらめて一心寺前、通天閣を通過して堺筋から長堀通に戻って西に向けて走りなおしました。
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伯楽橋を渡って木津川沿いを、続いて船津橋から地下鉄千日前線の上の地上の道路を走り、野田阪神駅から国道2号線に合流し淀川大橋を渡ると西淀川区を走ります。
むかしテレビで見てた「おじゃまんが山田くん」。その物語の舞台はテレビでは「東江戸川三丁目」でしたが、原作の漫画では「東淀川」でした。
また主人公の山田くんが住む「山田荘」のモデルは、原作者が学生時代に下宿したアパートで大阪市東淀川区に実在していたそうです。 東淀川は、ここ西淀川より淀川の上流に10km離れたところなので、ほとんど関係ないのですが・・・
そうこうしているうちに10時50分、左門橋をわたると国道沿いの工場の外壁に「ようこそ尼崎市へ」と暖かい言葉が、兵庫県に突入しました。兵庫県尼崎に入ると「右方向、伊丹、宝塚」の標識が目に入ります。ちなみに宝塚は六甲山系の東端にあります。
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11時45分に武庫大橋をわたります。遥か遠くに巨大な六甲の山並みが見えてきました。「あんなとこ行けるのだろうか?」と思うほど高い山に見えるのですが「とりあえず、行けるとこまで行ってみよう!」と気持ちを持ち直します。
芦屋市内に入った12時30分すぎ、「大楠公戦跡」と書いてある巨大な石碑が国道沿いに鎮座してます。 案内板には、今から650年以上前の1336年にこの辺りで、後醍醐天皇を支える楠木正成と新政権樹立を目指す足利尊氏がここで衝突したのが打出合戦で、楠木側が勝利し足利側が兵庫に敗走したとあります。
またこのあたりの地名は、かつて押出楠町だったのが1968年に「楠町」に改正したことも書いてあります。余談ですが神戸市内にも楠町なる地名があります。
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このころにはへたってきて、歩いたり走ったりの繰り返しでしたが12時55分にJR芦屋駅についてカロリーメイトで昼食後、山の地図を見ながら歩き始めました。
よくよく見るとハイキングコースのスタート地点はJRでなくて、阪急電鉄「芦屋川駅」でした。地図を見ながら芦屋川の川べりまでたどりつき、芦屋の住宅街の坂道を登っていきます。
茶屋のある高座の滝から急に山道に変わり、ロックガーデンという名の岩場の道をよじ登ります。このあたりから風吹岩までは日当たりが良いうえ、きれいな市街地を間近に眺めることができます。
ゴルフ場を横切るゲートを14時50分に通過、このゲートはイノシシ対策のもので、開けても自動で閉まるように自転車のタイヤチューブのようなもので細工がしてあります。
そのつぎのポイントの雨ヶ峠は六甲の主稜線の峠ではなく、芦屋川と神戸市灘区の住吉川をへだてる峰(今日のコース)の途中にある鞍部で、なだらかな道に面して東屋があります。
本城橋跡を過ぎると石段が断続的に現れる急な坂道が現れ、この日最後の上り坂「七曲り」にさしかかりました。
このあたりで何組かのグループに追い抜かれました。鶴橋から天王寺を経て芦屋まで30kmランの疲労からかヘトヘトになってきてました。 4時近くになってこれはやばいかなと思い始めたころ、上のほうから車やバイクのエンジン音が聞こえてきます。
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4時を過ぎて芦有ドライブウェイにつながる車道に出ました。地図では一軒茶屋があるみたいですが閉店したようで、自販機が3台ほど並んでいるだけです。道路の向こう側にはもと駐車場だったのか広場があります。自販機の飲料は街と同じ価格です。
缶のサイダーで一息ついてから、コンクリート舗装の坂道を歩き16時30分に六甲山931mに登頂しました。さっき追い抜かれた学生と思しきグループと女の子二人のグループが景色を眺めたりスマホで撮った写真を送信しようとしていました。電波状態がいまいち良くないようで、ぼくもfacebookのアップデートに苦労して、何回か失敗を経てアップできました。景色を堪能してから16時50分に下山をはじめました。
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有馬温泉側の山道はこころもち幅が広くきれいで歩きやすい道がつづきます。 有馬温泉に17時50分に下りてきました。
外湯「金の湯」に入ってみて湯の色にびっくり、茶色より赤に近い褐色。湯船は3つあって熱いのとぬるめ、白湯です。人の少ない熱めの湯船に浸かってみましたが、ちょうどいいくらいの湯温、顔をザバザバしてさらにびっくり「しょっぱい」
有馬温泉は、有馬高槻構造線という活断層の上にあるので、地下深くまでつながっている岩盤の割れ目があって、噴出している温泉水の供給源は遠く太平洋(南海トラフ付近)の海水のため塩分を含むのだそうです。
そういえば、今年4月の三重県南部の地震、熊本大分の大震災といい、南海トラフとはいやでも付き合わざるを得ないのかなぁと感じました。また付き合わざるを得ないのなら、地震対策についてもう少し真剣に考えたほうがいいのかなぁと思いました。
有馬温泉には、この含鉄塩化物泉(金泉)と、ラジウムを多く含む放射能泉、炭酸を多く含む炭酸水素塩泉の3種類の温泉があって、透明な温泉は「銀泉(ぎんせん)」と呼ばれています。
鉄分が良いのか塩分が良いのかは解りませんが十分温まった後、あとでべたべたするのもなんだったので、シャワーで湯を流してから温泉をあがりました。
温泉を出ると体が軽くなっていました。有馬温泉駅を19時21分に発車する神戸鉄道で帰路に着きました。 三ノ宮で20時14分発の近鉄直結の阪神電車に乗り換え、鶴橋からは21時36分発の近鉄特急を経て、自宅の最寄駅で23時24分に下車、痛い足を引きずりながら歩いて帰りました。

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